はじめまして。株式会社Zero One Basketballの代表を務めております、塚本 鋼平と申します。
私はこれまで、プロチームのコーチ、Bリーグの強化育成部、そして現在はBクラブや学校現場などでの育成支援を通じて、バスケットボールに関わってきました。B.LEAGUEの試合解説、指導者講習、チームへのクリニック、育成の制度設計、書籍の執筆や翻訳。立場は変わっても、一貫して向き合ってきたテーマがあります。
それは「育成とは何か」という問いです。
バスケットボールの世界では、いまだに「勝つこと」が強い価値を持っています。勝利こそ正義であり、結果こそが評価の基準になる。育成という言葉も、しばしば「優秀な選手を育てること」と同義で語られます。
しかし、私はそうは考えていません。
バスケットボールで「勝つがすべて」ではない。
人生で負けない選手を「育てるがすべて」だと考えています。
私が語る育成は、スター選手を効率よく生み出す方法論ではありません。夢を持たせることだけでもありません。育成とは、夢に向かって熱を上げることと、必要なときにその熱を受け止めること。選手一人ひとりの人生における、「加熱」と「冷却」をしっかり設計することだと考えています。
すべては、オウンゴールから始まった

私がバスケットボールに熱く取り組むきっかけは、オウンゴールでした。
小学生の頃の、ミニバスの試合。残り5秒。相手が打ったシュートを、私は反射的にキャッチしました。そして、そのまま近くのリングへシュートを放ちました。
その瞬間にブザーが鳴り、試合は終了。1点差での敗戦。私のオウンゴールによる2点が、そのまま決勝点になりました。会場の空気、相手チームの笑顔、味方の沈黙。今でも鮮明に覚えています。
そんなところに、相手チームの保護者の方が近づいてきて、一言、声をかけられました。
「キミ、ありがとね」
悔しくて、情けなくて、どうにも涙が止まりませんでした。けれども、不思議なことに、その出来事は私をバスケットボールから遠ざけませんでした。
「一生、バスケットボールをやってやる」
そう決意した瞬間でもありました。
あの日、たしかに私は、バスケットボールでは負けました。しかし、人生が終わったわけではありません。その証拠に、私は翌日もコートに立ちました。振り返れば、この経験こそが、いま私が語る「育成」の原点になっています。
私のバスケットボールは「高さへの挑戦」

私の地元は秋田県藤里町。能代工業高校の初代監督、加藤廣志先生の出身地でもあります。加藤先生が掲げていた言葉に、「高さへの挑戦」というものがありました。
それは単に身長の高さを指す言葉ではありません。
都会の強豪校に挑むこと。恵まれた環境に挑むこと。自分たちよりも大きく、速く、強い存在に挑むこと。そのすべてを「高さ」と呼び、それに立ち向かう姿勢を意味しています。
私はその言葉に強く影響を受けました。能代工業に進学するのではなく、あえて別の高校に進み、能代工業を倒すことを目標にしました。挑戦する側でいたかったのです。
結果は、完敗でした。
決勝で戦い、圧倒的な差を見せつけられました。力の差は明確でした。しかし、そこでバスケットボールを嫌いになることはありませんでした。むしろ、もっと上を見たい、もっと高みに挑みたいという気持ちが強くなりました。
大学でも同じでした。北海道から全国大会へ出場し、関東・関西のスター選手たちと対峙しました。さらに、大学の体育館でマジック・ジョンソンを間近で見たとき、「世界はこんなにも高いのか」と震えました。
私はずっと、「高さ」に挑み続けてきました。
ただ、いま振り返ると、その挑戦の裏側には常に“加熱”がありました。もっと上へ。もっと強く。もっと高く。その熱は、私を成長させてくれました。
しかし、同時にこうも思うのです。
もし挑戦の先に届かなかったとき、その熱はどこへ向かうのか。
この問いが、やがて私を「育成」というテーマへと導いていきました。
過剰な「加熱」の危うさ

指導者としてコートに立つようになって、私はある違和感を抱くようになりました。
選手だった頃、私は「もっと上へ」「もっと強く」と自分を奮い立たせてきました。その熱は、成長の原動力でしたし、挑戦を続けるために必要なものでした。
しかし、指導する立場になると、その熱を“他者に与える側”になります。
「もっといける」
「まだ届く」
「次こそは勝てる」
こうした言葉は、選手の背中を押します。夢を描かせ、目標に向かわせる。いわば“加熱”です。
加熱は、決して悪いものではありません。むしろ、挑戦には不可欠です。温度が上がらなければ、人は前に進めません。
けれども、私は次第に考えるようになりました。
この熱は、どこまで上げていいのだろうか。そして、その先まで、私は責任を持てているのだろうか。
育成年代の現場では、「夢を持たせること」はよく語られます。「日本一を目指せ」「プロになれ」「この大会がすべてだ」といった言葉は、強く、分かりやすく、心を奮い立たせます。
しかし、その夢に届くのは、ほんの一握りです。
トップレベルに到達できるのは、1%にも満たない世界です。多くの選手は、どこかで目標に届かないという現実と向き合うことになります。
そのとき、加熱だけを続けてきた指導は、選手を支えられるのでしょうか。
過剰に温度を上げられた心は、敗北という事実によって、突然冷やされます。引退という二文字で、急に終わりを告げられることもあります。

物理の世界で、100度まで加熱されたものが一瞬で0度になることはありません。人の心であれば、なおさらです。それでも現実には、多くの選手がその急激な冷却を一人で受け止めています。
加熱することは、簡単です。本当に難しいのは、その熱をどう受け止めるかです。
そのとき初めて、私は気づきました。
「育成とは、夢を持たせることだけではない。夢と現実の間を行き来できる力を育てることなのではないか」と。
「なぜできないのか」と問えない現場での気づき

私は、特別支援学校で教壇に立つ機会を得たことがあります。
それまでの私は、できない選手に対して「なぜできないのか」と問いかけることが当たり前でした。努力が足りないのではないか。集中していないのではないか。もっとやれるはずではないか。
しかし、特別支援学校では、その問いが成立しませんでした。
できないものは、できない。その前提で、バスケットボールの競技に取り組んでいます。その現実の前で、私は初めて立ち止まりました。
そこでは、「どうしてできないのか」ではなく、「この選手には何ができるのか」を探さなければなりませんでした。命令や叱責ではなく、理解から始めるしかなかったのです。
……ある試合のことを、いまでも忘れられません。
重度の知的障がいのある選手がいました。小学校からバスケットボールを続けてきた選手です。しかし試合でボールに触れる機会は、ほとんどありませんでした。
その日、チームメイトが彼にシュートを打たせようと何度もボールを渡しました。うまく指が動かず、ボールはリングに届きません。それでも何度も挑戦しました。
三本目だったと思います。彼の放ったボールが、ついにリングを通ったのです。

会場が静まり、その後、涙に包まれました。
彼のお母さんも、声を上げて泣いていました。
勝つことだけが、バスケットボールの価値ではありません。「できた」という経験が、人をここまで動かす。そんなことに気づくことができた経験でした。
そして同時に、思ったのです。
特別支援学校に通う子どもたちに限らず、一人ひとりの選手の「できること」を見つめるのは、大切なのではないか。
私たちは、「できること」に目を向けず、誰に対しても同じように「もっとやれるはずだ」と、無責任に加熱し続けていないか。私の中で育成の視点が変わりました。
育成とは、能力を押し上げることだけではない。一人ひとりの温度を見極めることも、重要なのではないでしょうか。
もちろん、加熱すべきときはあります。しかし、無理に熱を上げ続ければ、やがて心は壊れてしまうのも事実です。そこまでを考え、設計してこそ、初めて加熱できるのです。
そこから、私は本格的に「加熱」と「冷却」という言葉で育成を考えるようになりました。
バスケットボールの存在は当たり前ではない

育成について深く考えるようになった背景には、もう一つ大きな経験があります。
プロの世界で、チームの経営破綻を経験したことです。私は和歌山トライアンズというチームでコーチをしていました。前年度準優勝という実績を持つ、期待の大きなクラブでした。しかし、シーズンの
途中で会社が倒産してしまったのです。
バスケットボールが、突如、目の前から消えた体験でした。
体育館も、日常も、当たり前だと思っていた舞台も、一瞬でなくなりました。選手も、スタッフも、未来が見えなくなりました。当時、募金によってチームはなんとかシーズンを完走できましたが、そのとき強く感じたことがあります。
「競技は、勝っているだけでは守れない。」
どれだけ強いチームでも、どれだけ優秀な選手がいても、土台がなければ消えてしまう。資本の差があれば、強いチームはさらに強くなり、弱いチームは取り残される。
「勝つこと」だけを目指しても、この構造は変わらない。その現実を、私は目の当たりにしました。
育成を語るとき、多くの人は「トップ選手を育てること」を想像します。しかし、プロの現場で私が見たのは、1%のトップの世界よりも、その下に広がる99%の現実でした。
プロ契約を勝ち取れる選手は、ごくわずかです。Bリーグ全体で見ても、競技人口からすれば本当に小さな割合です。では、残りの選手はどうなるのか。夢に届かなかった選手は、敗者なのか。競技から離れた瞬間に、価値を失うのか。
私は、そうは思いません。むしろ、その99%の存在こそが、競技を支えています。
将来、地域で指導者になる人。
スポンサー企業で働く人。
観客席で応援し続ける人。
子どもにボールを渡す親になる人。
競技は、1%のスターだけで成り立っているのではありません。もし育成が「勝てる選手をつくる」ことだけを目的にしてしまえば、99%を置き去りにします。そしてその99%を失えば、競技そのものが痩せていきます。
だからこそ、構造を変えなければならないと思いました。
勝利至上主義ではなく、関わり続けられる設計へ。加熱だけではなく、冷却まで含んだ設計へ。
ここで初めて、私の中で「育成=競技の土台づくり」という定義が固まりました。
バスケットボールは勝ち続ける選手だけのものではない

バスケットボールは、誰のものなのか。
少なくとも、勝ち続ける一部の選手のためだけのものではないはずです。プロになれる1%のためだけに存在しているわけでもありません。競技は、関わるすべての人によって支えられています。
私は、これからのバスケットボールが「稼げる競技」であることを否定しません。むしろ、稼ぐことは重要です。クラブの規模が大きくなり、選手の年俸が上がり、舞台が広がることは、競技の可能性を押し広げます。
しかし同時に、私は問い続けたいのです。
その熱は、誰のためのものなのか。
その成功の物語は、何%の人のものなのか。
育成は、コストです。すぐに成果が見えるものではありません。生産性という言葉で測れば、効率は高くないかもしれません。
それでも、育成にはロイヤリティがあります。
育成年代で支えられた選手は、たとえプロにならなくても、競技を支える側に回ります。地域で指導者になるかもしれません。スポンサー企業でクラブを支えるかもしれません。観客席で応援し続けるかもしれません。
競技を未来へつなぐのは、スターだけではありません。
だから私は、加熱と冷却を設計し続けたい。
夢を描かせることと同じだけ、夢と向き合う力を育てたい。
勝たせることと同じだけ、負けても立ち上がる力を育てたい。
バスケットボールで「勝つがすべて」ではない。「稼ぐがすべて」でもない。
人生で負けない選手を「育てるがすべて」。
それが、私のこれからの挑戦です。
本稿でお伝えした「育成」についての考えをまとめた書籍『バスケットボール 育てるがすべて』(ベースボール・マガジン社)が、2026年3月4日に発売されました。プロスポーツの現実、リーグ戦文化の重要性、育成メソッドとシステム設計、コーチング論、そして「加熱と冷却」の視点までを、320ページにわたってまとめました。詳しくは、ぜひ本書をお手に取っていただければと思います。


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